2026年2月4日
大毎社会部創部125周年に、木戸湊元社会部長の訃報
今朝、立春の朝刊に元主筆木戸湊さんの訃報が載っていた。昨年12月26日死去、86歳とあった。
2002年発行の『大毎社会部100年史「記者たちの森」』巻頭に、当時専務取締役・大阪本社代表だった木戸さんが寄稿している。

《「社会部」という名称は、日本の新聞界独特のものですが、その先駆けとなった「大毎社会部」…大阪社会部の良さは、なによりも自由な雰囲気にあります。信濃毎日新 聞の主筆だった、あの桐生悠々は、若いころ大毎、大朝双方に籍を置いた珍しい存在ですが、自伝の中で「大毎は書生の寄宿舎のようなもので…雰囲気はデモクラティックで進歩的だった。大朝は区役所のようなもので…アリストクラティックで保守的だった」と書いています。
第二の特長は「足を使って書く」伝統でしょう。事実に即し、情報をいち早く伝えるという近代的ジャーナリズム精神が脈々と生き続けているように思えます。
新聞記者は、まずハンティング能力(取材力)を高めることが肝要です。クッキング能力(文章力)は後からでもついてきますが、生の肉や魚(新鮮、正確な情報)が無ければ、シュフも腕のふるいようがありません。記者クラブも会見もほとんどない海外の取材現場や戦場ルポで、大阪社会部出身の特派員たちが生き生きと活躍しているのもむべなるかなです》
『記者たちの森』は、歴代の社会部長を後輩記者が紹介しているが、1987年8月から2年半ほど社会部長(第31代)を務めた木戸さんは、こう紹介されている。
《闘将である。…特ダネ至上主義だから、抜かれたら、目もあてられない。怒鳴られ、叱られ、蹴飛ばされ》(第35代部長深井麗雄さん)
大阪社会部の誕生は、1901(明治34)年2月25日、と『記者たちの森』にある。
今月25日、創部125年を迎える。日本で最初に生まれた「社会部」の意義を継承するための記念事業は予定されているのか。
参考までに、部長一覧を掲載します。
ちなみに第16代斎藤栄一さんは、木戸湊夫人の父親。ついでながら第2代・第4代の角田勤一郎・浩々歌客さんは、モロさん諸岡達一さん(2025年没89歳)の祖父。
第33代神谷周孝さん(2021年没77歳)までが亡くなっている。
(堤 哲)
歴代大阪社会部長
1 菊池 清・幽芳 1901.2~
2 角田勤一郎・浩々歌客 1908.12~
3 福良 虎雄・竹亭 1909.6~
4 角田勤一郎 1911.2~
5 菊池 清 1911.4~
6 奥村信太郎・不染 1912.7~
7 斎藤悳太郎・徳太郎・渓舟 1920.6~
8 小室 秀雄 1921.3~
9 阿部真之助 1922.12~
10 平川 清風 1928.8~
11 徳光 伊助・衣城 1929.7~
12 上田正二郎 1933.10~
13 本田 親男 1938.9~
14 小林 信司 1942.12~
15 浅井 良任 1945.9~
16 斎藤 栄一 1947.4~
17 八野井 実 1950.2~
18 須古 俊夫 1954.7~
19 山崎 正英 1959.2~
20 稲野治兵衛 1961.3~
21 立川熊之助 1963.8~
22 畑山 博 1967.8~
23 檜垣 常治 1969.2~
24 北爪 忠士 1972.2~
25 柳原 義次 1975.2~
26 松永 俊一 1976.7~
27 和気 清一 1978.4~
28 上妻 教男 1978.11~
29 古野 喜政 1982.4~
30 佐藤 茂 1985.8~
31 木戸 湊 1987.8~
32 亘 英太郎 1990.4~
33 神谷 周孝 1992.10~
34 朝野 富三 1994.10~
35 深井 麗雄 1997.4~
36 藤原 健 2000.4~
37 池田 昭 2002.7~
38 増田 耕一 2005.4~
39 若菜 英晴 2006.10~
40 黒川 昭良 2008.10~
41 白神 潤一 2010.4~
42 砂間 裕之 2012.4~
43 渋谷 卓司 2014.4~
44 亀井 正明 2016.4~
45 小栗 高弘 2018.4~
46 麻生幸次郎 2020.4~
47 木村 哲人 2022.4~
48 田中 謙吉 2024.4~