元気で〜す

2021年11月2日

戦災銀杏に狐が〝出幻〟と、元出版局のナチュラリスト、永瀬嘉平さん(80)の東京散歩

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 犠牲者、実に10万人。東京の浅草や本所といった、いわゆる下町(したまち)を中心にして米軍の無差別爆撃で多くの焼夷弾が投下された。それは人間だけでなく江戸時代以来の建物や由緒ある橋をはじめ、厚い信仰の対象だった名木・古木なども一瞬に焼滅させた。とりわけ火に強いといわれた銀杏が多かった。しかし、中国原産で、2億年も前にこの世に出現した銀杏は、自ら水を噴き、地獄を脱出し、炭化しながらも今に生き続けている。

 私はここ20年来、そうした木を探しては、スケッチを重ねてきた。

 この「飛木(とびき)稲荷神社」の銀杏もその一つだ。樹齢500年余、伝えによると昔、大風の日に、一枝の銀杏が飛んできて根づいたそうだ。

 私がこの銀杏をスケッチしたのはだいぶ前になるが、最近になってこの銀杏、大人気になった。というのは、あるカメラマンが銀杏を撮影していたら、枝先に〝狐〟の姿を発見したのだ。

 神社の関係者は人が集まると写真を見せて、ここの稲荷の〝おキツネさん〟が出現したと説明して回る。

 見上げると、尾を高々と上げた狐の姿がある。一度炭化した部分は虫害などもなく、その形を長くとどめるのだそうだ。

 50年来、日本各地の滝や巨樹を訪ね歩いてきたが、私の撮影した那智の滝の中に人影を発見したという人がいたり、実際、私も樹齢600年余の大榧の木肌に〝仏さん〟が出現したのをこの目で見たことがあった。多分、木肌に出来た凹凸によって出来たのであろう。

 地元の古老は「百年に一度、仏さんが出る」と言った。

 世の中には、不思議な現象があるものだ。

 ※季刊同人誌「樹下」に寄稿。狐の姿が見える銀杏は、墨田区押上2-39-6、飛木稲荷神社境内に。すぐ近くに東京スカイツリーが高々とそびえる。永瀬嘉平さん(80)は毎日グラフ、サンデー毎日在籍が長く、カメラ毎日編集次長、重要文化財事務局次長などを歴任。多摩市に住み、現在も平均して一日20㌔を歩いているという。お便りに綴られたある一日は――大江戸線大門で下車、増上寺で戦災を免れた樹齢4~500年のカヤの木をスケッチ。日比谷公園まで歩き、松本楼前の「首かけ銀杏」をスケッチ。有楽町に出て、築地市場場外の寿司屋で寿司と日本酒。勝鬨橋を渡って隅田川沿いを歩き、佃島でハゼ釣りを楽しむ人たちを眺め、八丁堀あたりを歩いて、東京駅へ――。