元気で〜す

2020年12月14日

一人オペラ・奈良ゆみさんを追いかけて ― 元写真部の橋口さん、リタイア後は音楽の世界に

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 パリでは10月30日から2度目のコンフィヌモン(自己隔離・外出規制)対策を施行しているにもかかわらず、コロナ禍は拡がるばかり。沈静化の気配がうかがえない。

 3月の退職後、カヌーでの大隅海峡漕破を目指すプロジェクトへの参加や、さまざまなイベントやコンサートの関係者からの依頼もあり、昔取った杵柄の写真撮影で、多少なりと禄を食もうと考えていたが、ご多聞に漏れず、すべてがパーに。

 夏には、予定されていたオファーを全てクリアして、まず、パリへ行こうと思っていたが、それもかなわぬことに。なぜパリなのか。それは、日欧で活発な公演活動を続けるソプラノ歌手、奈良ゆみさんと、パリで逢うことにしていたから。

 11月6日に、奈良ゆみさんの会報「ラ・プレイヤード」の世話人、海老坂武さんから寄稿の依頼があった。そこに、なぜパリに行きたいのかという経緯を含め書いた拙文を寄せた。

 〈奈良さんの『一人オペラ』との出会い―—〉

 「まだ新型コロナ騒ぎが発生する前の今年1月11日、東京・港区の山王オーディアムで、奈良ゆみさんの『葵の上~業のゆくえ』を、音楽好きの友人ら3人と一緒に聴いた。

 住宅街に築かれた100人収容ほどの小さなホール。演出の笈田ヨシさんは、中央部分を舞台に仕立て、三方を客席で囲んだ。このため約80人分の席しか設けられず、昼夜2回の公演とも満席となった。聴いたのは昼の公演だったが、立錐の余地もなく、コロナ禍の現状では考えられないほど濃密な空間は、冬の最中にもかかわらず、開演前から熱気に包まれていた。

 演奏されたのは作曲家の松平頼則さん(1907~2001年)が書いたモノオペラ『源氏物語』から『六条御息所』の部分を再構成したもの。松平さんの絶筆となった『鳥(迦陵頻)の急』をフィナーレに加えて一層深化させ、『愛の瞑想と魂の浄化が描く美しい世界』が展開する。

 奈良さんの澄んだ張りのある歌声が、愛と情念の歌絵巻を劇的に描く。揺るぎない圧倒的な歌唱が、息遣いが聴こえるほどの密接な距離感の中で、深く大きく、時に激しく心を揺さぶる。またヴァイオリンとヴィオラで卓越した技量を示した亀井庸州さんが吹く尺八にも魅了された。二人の呼吸に乱れはなく、加えて物語を進める山村雅治さんの穏やかな口調が、葵の上の悶え苦しむような〝業〟を、より鮮やかに際立たせていた。

 私が奈良さんの『一人オペラ』と出会ったのは2004年、千葉県習志野市の習志野文化ホールでの『ソロ・ヴォイス』の公演だった。このコンサートでも『源氏物語』からアリアがメインに据えられた。また公演ではステージ上に観客を乗せて鑑賞させるというユニークなスタイルをとっていたこともあり、毎日新聞の記事として取材、掲載した。

 以降、奈良さんとはメールの遣り取りを続け、国内の公演に足を運んだり、また誕生日にささやかなプレゼントを贈ったりも。頂いた礼状には、ぜひパリに遊びに来てくださいと書かれていた。40年務めた新聞記者業をこの3月に終えた以降、パリに奈良さんを訪ねようと思っていたが、予期せぬコロナ蔓延により叶わぬことに。

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 半ば諦め感が漂う中、奈良さんのフェイスブックを見ると『来年1月23日には大阪でやる予定です。舞台は生きています。私達も!』と嬉しい書き込み。これから、どうなるか一寸先は闇状態だが、ぜひ実現させて欲しい。そのためにも猖獗を極める新型コロナ流行に、一刻も早く終止符が打たれることを祈るばかりだ」

 寄稿した文面通り04年に出会った後、12年にフェイスブックで再会。翌年の東京でのリサイタルに招待を受けた。リサイタルを聴き終え、地下鉄銀座駅で撮影した写真と一緒にフェイスブックに投稿した。(「銀座でのリサイタル」=写真・右)

 13年6月7日

 「久しぶりに夜の銀座でフリーに。『あれ、久しぶり』という声も聞きたかったが、真っ直ぐ『家路』に…。いやー良かった。本当に酔いしれてしまった。一滴も呑んでいないのに…。奈良ゆみさんの『詩人の魂』というプログラム。人を愛することへの『てらい』が吹き飛ぶような感じが漲って…。ちょっと危険なので、直帰しました!」

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 その後、メッセンジャーでのやり取りを続ける中、たまたま奈良さんの17年の誕生日に投稿されたファンからの「賛歌」に曲を付けるという暴挙を。(「西瓜の姫賛歌」=写真・上)

 「怒られるかもしれない…。きっと…。

 奈良ゆみさんの投稿にあった『西瓜の姫賛歌』…。ちゃんとした作品が、きっとあるだろうに…勝手に作曲してはいけませんねぇ~。

 でも物憂げな雰囲気が良かったので、ついつい…。

 投げやりな雰囲気をいっぱい醸し出させられるよう、右では4拍子で左は6拍子…。

 オスティナート的な伴奏が気に入って、譜面にしてしまいました。

 奈良さん、お許しください…」(フェイスブック17年7月11日投稿)

 これに対し、すぐ奈良さんからメッセンジャーで返信があった。

 「何と嬉しい予期せぬ贈り物!ありがとうございます!!!ああ、幸せ…明後日ピアニストのところに行きますので、持って行って早速歌ってみます」

 この返信に気を良くしたからではありませんが、さらに次の年にも誕生祝いの詩に作曲することに。(写真=西瓜の姫の誕生日))

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 「あれやこれやと忙しくやった割に、成果の方は…。多忙な時こそ集中して…と、西瓜の姫への贈り物を、一気呵成に仕上げました…。

 誕生日ですから、明るくしっかりニ長調…。入りのホンキーなピアノだけが、ちょっとそれっぽいですが、後は、全くのポピュラー仕立て…。

 ロックにサンバのリズムを加え、所々、複雑にしていますが、終始、能天気な雰囲気を維持しました…。メロディーは繰り返しなのでリピート処理したかったのですが、細かな変化があるので、繰り返し記号なく77小節…ラッキーな数字にピタリと…。昔の手書きだと大変ですが、今は、コピペで一気に…。良い時代に生まれたものだ!」(同18年7月7日投稿)

 奈良さんからは、前回同様感謝の言葉が。そして、パリの自宅を訪ねてほしいとも。

 現状では当分、出入国が難しい状況が続くだろう。しかし、何とか叶えたい。

 奈良さんは今月4日、フェイスブックに「来年1月23日に大阪のザ・フェニックスホールで『葵の上』の公演をいたします。秋になる頃にはすこし考えたのですがあまり迷うこともなくやることに決断しました」と投稿している。だがその4日以降も、大阪そして全国でのコロナの感染拡大は拡がるばかり。

 無事公演ができればと、これまで不謹慎にも神仏に願うことなどあまりなかったが、毎朝の散歩の折に、自宅近くの茂呂神社(船橋市東船橋)で、パリでの再会の期待も含め「コロナ退散」を祈っている。

(橋口 正)

橋口正さん略歴:1954年寝屋川市生まれ。府立高卒業後、アジアアフリカ欧州を2年近く放浪。81年、毎日新聞入社、東京写真部。三越岡田社長事件、日航機墜落の御巣鷹山、伊豆大島噴火取材では搭乗ヘリに火山弾などを経験。阪神大震災発生直後、大阪湾上のヘリから、燃える神戸の街を撮影。写真部編集委員、船橋支局長、東京本社事業部、茨城県土浦通信部を経て、10年にわたる千葉県松戸通信部を最後に2020年3月退社。夏は軽井沢、冬は船橋の二重生活。約2万枚のCD管理もままならず、一日2時間のピアノ練習と、レスキューした愛犬「ソラ」と「ミク」の散歩が日課。